私が純真無垢な高校生だった時、nonnoの雑誌広告にあった橋本紡の『九つの、物語』を読んだ。その中で、主人公の兄がスパイスたっぷりのトマトソースを作るシーンがあり、それを読んでから私の中での「スパゲティトマトソース」と言えばもっぱら、酸味のぐっと効いたシンプルなトマトソースと、スパイスをふんだんに入れた楽しいトマトソースの二択となった。
ツナ缶と並んで、戸棚にある缶詰の上位を占めるのがトマト缶である。偏見である。
KALDIではトマト缶はいつもセールと謳っているものだから、ワインを買うついでについと、手が伸びてしまう。そして荷物は水物が増え、ふうふう言いながら家路につくのだ。
トマト缶は偉大である。スーパーで見るトマトは1個150円なんかで売られているというのに、トマト缶ともなればあんなにたっぷり入って100円もしないときた。輸送料はどうなっているのだろうか。
輸送料と言えば、ボルヴィックはフランスの水だというのに、たまに日本の水よりも安い。だから私は、ボルヴィックというのはパッケージだけで、実際のところは東京水だということを信じて疑わない。
さて、何はともあれ、トマトソースである。
トマトソースのレパートリーには頭が上がらない。トマトソースに足を向けて寝られない。世界中の至るところ、全国津々浦々、様々の食材を使った様々なトマトソースが存在する。トマトソースパイセンとでも言おうか。
それだけトマトソースのレシピにはいろいろなものがあるのだから、作るレシピは選びたい放題だ。35億より多いかもしれない。このネタまだ大丈夫だろうか。
それでも私が作るのは、9割9分、本日紹介するこの「スパイスの効いたアボカドとチキンのトマトソース」なのだ。
アボカドとチキンのトマトソースというのはもともと、私が高校時代にアルバイトをしていたイタリアンレストランで作られていたものだ。その時は「アボカドとチキンのトマトソース わさび風味」というのが正式名称であった。気がする。
しかし、できたてあつあつのトマトソースではわさびの風味は大抵かき消されてしまう。メニュー名には堂々と鎮座しているのに、言われればわかる、という程度の存在感しか放つことのできなかったわさび。食材界(?)も厳しいのである。
用意するのは、トマト缶、にんにく、鶏肉、アボカド、パスタ、オリーブオイルと、好きなスパイスいくらでも。
チキンは両面を油で焼き、冷ましたものを手で割いて、焼いた時の鶏の油を絡ませておくと良い。そうすると包丁で切るよりもソースが絡みやすいし、何よりそれだけで酒の肴にもなる。サラダに乗せても美味しい。
焼くのが面倒であればラップにくるんで電子レンジで加熱してしまおう。
大抵の面倒ごとはすべてラップにくるんで電子レンジ、で解決する。あなたの会社の人間関係も。 は?
ニンニクはさっと薄切りにして、弱火でオリーブオイルに香りをうつす。 こうした場合には、芯をとったニンニクの塊を包丁の面で潰して香りをうつすのが定型らしいのだが、使ったニンニクを全て体内に入れたい貧乏根性の私は(でも塊のまま食べたくはない)、結局薄切りにしてしまう。
フライパンからいい香りがしてくるまでに、別の鍋でパスタを茹で始める。
最近は100円均一で購入したパスタの便利グッズもお気に入りだ。 時間もかからない上に、楽なことこの上ない。美味しく食べるというゴールさえ見失わなければ、どんなに邪道な調理をしたところで他人にはあずかり知らぬところだ。
フライパンに割いておいたチキンを投入し、もし手持ちのスパイスにクミンシードがあればここで炒め和えてしまう。 パウダーであれば最後で良い。 クミンシードはトマトソースを入れる前に炒まった方が香ばしくて美味しい。
トマト缶を開け、木べらで潰しながらソースにする。 味に深みが欲しい方は、ここでコンソメを入れてもいいだろう。 続いて諸々のスパイスを放り込み、続いて茹で上がったパスタと切ったアボカドを入れて炒める。
塩胡椒で味を整えて、完成だ。
ペペロンチーノオイル、粉チーズなど好きなものを組み合わせてふうふう食べる。
キリッと冷えた白ワインは昼間から飲むのに最高だし、これはありがたいことに、シャンパンも、赤ワインも合う。 ウイスキーもなかなか。 下戸には麦茶でもいい。
このチキンとアボカドのトマトソースは、私が高校生の時分も本当に良く売れていた。 私はこのパスタを作る時はいつも、作ってくれたチーフや憎々憎々しかった店長、バイト仲間のみんなのことを思い出して、この料理の最後のスパイスとするのである。