厚揚げと大根の炒め煮

日が一番長い夏至の頃は大抵梅雨時で、したがって夏至のその当日に晴れていた記憶が生まれてこのかた一度もない。

 

とは言え人の記憶は曖昧なもので、たとえ記憶になくとも晴れていた可能性は存分にある訳だ、どれ調べてみよう……と、インターネットの大海に船を出した矢先、目指していたものとは別のお宝を発見し、それに満足したため、我が海賊団は早々に解散することとなった。

 

そのお宝とは、なぜ夏至は一年で一番日が長いのに一番暑くならないのか、という問いとその答えである。

なるほど、確かに火力が最大であってもフライパンの温度が最大であるとは限らない。火を止めた後の加熱まで考えなければ、意図に反して野菜がくたくたになったり、肉がパサパサになったりするのである。

 

と、言う訳で今日はフライパンで作る簡単なレシピを紹介する。 時短・簡単・酒に合う、と三拍子揃った、つまみにもおかずにも最適な炒め煮である。

 

用意するのは、厚揚げ・大根・鶏肉・生姜。

 

食材に関しては、野菜室のご機嫌次第で適当にまかなえばよろしい。

生姜以外の具材を一口大に切り、大根はひたひたに水を入れたドンブリにラップをして電子レンジで10分。

油をひいたフライパンで鶏肉を炒め、ついで厚揚げ・大根を加える。 この時、電子レンジで加熱したときの湯もおたま一杯くらい加える。

気分の味になるよう砂糖・醤油を加え、汁気がなくなるまで炒める。
仕上げに生姜をすり入れて完成だ。

 

我が家では醤油の代わりにだしつゆを使うのがならわしだが、この時ばかりは醤油を使うのが良い。 だしつゆだとかえってまずくなる、とは、母。

 

日曜の昼間から飲む酒の肴には小松菜とお揚げの胡麻和え。 小松菜を茹でて、揚げ・すりごまと和えるのだが、こちらにはだしつゆを合わせるのが良い。 味の濃いものは夜に食べたいものだ。

 

芋焼酎には生姜味が合うような気がする。

 

ああ、過ごしやすい夜の、風通しの良い縁側がこうも恋しい。
こんなものはこんな雨の日に食べるものではないのだ。 この国はどうしてこうもじっとりしているのだろうか。

肉と冬瓜のスープ

外で飲むビールはなぜあれほどにも美味いのか。

その謎に迫るべく、外で飲むビールの効能や、それに伴う経済効果を研究をしている大学がある……かどうかは知らないが、これは私が今学生ならば是非とも研究したいテーマの一つである。

 

ビアフェスタにビアガーデン、お祭りの屋台や海の家。 世にはあまた多くの外飲み施設があるが、そのどれも、然るべき時期に飲めば大抵の出来事は素晴らしい思い出になる。

とは言え、家で飲むのも悪くないものだ。 窓を複数空け風通しを良くしたら、キンキンに冷えた缶ビールを空け、つまみをつつく。 胃が落ち着いたら、冬瓜のスープをすする。

 

庶民の幸せはこのようにして守られるのである。

 

さてこの冬瓜、冬とは名ばかりの夏野菜である。 そのさわやかな香りと使い勝手の良さで、冷汁やサラダにしてもいただける、夏の万能野菜だ。

 

冬瓜、豚肉か鶏肉、例によってだしつゆ(昆布)、酒などを用意しよう。 冬瓜はわたを取り、皮をむいて一口大に切り分けておく。

 

根菜類は水から煮込むのがならわしだが、この冬瓜も水から煮込む。 沸騰したら肉とだし、酒を加えて火が通ったら一旦火を消す。

これはスープもよく味わえるものだから、水はたっぷり入れて薄味にしておこう。

 

一度冷めると冬瓜が出汁を吸って、冷たくして食べてもすこぶる旨い。 豚を使うと脂の舌触りが悪くなってしまうため、冷たくして食べるなら鶏、温かくして食べるなら豚、というように使い分けるといいだろう。

 

話は冬瓜と逸れるが、夏の初め、田舎の祖母の家の縁側で飲んだ酒。 あれはうまかった。 ベランダでも、庭でもない、縁側。

蚊取り線香の匂いが入り混じる黒霧島の湯割りは、何とも形容しがたい季節のノスタルジーを感じさせた。 ロマンティックと言ってもいいかもしれない。

あの酒を飲むためだけに将来は縁側のある家に住みたいくらいだ。

いや、住むべきなのだ。

 

人はパンのみに生くるにはあらず。 酒のみに生くるのだ。

 

このところ外食が続いてしまい、何か胃に優しいものを……などと冬瓜のスープをすすりながら、その美味しさに感動し、結局はビールを空ける。

 

歴史は繰り返すし、人は学ばないのである。

 

肉豆腐

先日、久しぶりに実家へ帰った。 母の日ということで男性陣を家に残し、母と二人で映画を観、カオマンガイを食べ、銭湯で風呂に入り帰路に着いたは良いものの、待ち受けているのは晩飯の支度である。

 

簡単な料理の代名詞として人口に膾炙しているのはカレーや野菜炒めだが、私は是非ともそこにポトフと肉豆腐も加えたい。

 

やれ玉ねぎを飴色に炒めるなど、不要!

 

とにかく冷蔵庫に肉と豆腐があればそれで結構。 肉は大抵干からびたものが冷凍庫に入っているし、豆腐と納豆はなぜかいつも冷蔵庫の中程に鎮座しておられる。 納豆は使わないが。

切って、煮るだけ。 こんなに簡単で、なおかつ落ち着く飯が他にあるだろうか? また、これは初心者にも至極作りやすい料理である。 というのも、野菜炒めは何だかんだ美味しく作るのが難しいのだ。

 

檀一雄の『檀流クッキング』を読んでいると、中華を作る場面に度々遭遇する。 この本は料理エッセイの中でもかなり示唆に富むものだが、この本に出てくる炒めはとにかく、

  • にんにくと生姜、ネギをみじん切りにし
  • 油に香りを写し
  • 強火で一気に炒める

というのがお決まりのような気がする。 気がする、というのは、この本を誰かに貸したまま随分な歳月が経っており今私の手元にないということなのだが、真偽の如何を確かめたい方はとにかく読んでみることをすすめする。 その時間は無駄にはなるまい。

 

さて、とにかく野菜炒めは案外難しいのである。 その点、肉豆腐は煮詰めるだけ。 ズボラで料理も好かない輩にとっては豚キムチ炒めよりも、カレーよりもレギューラー入りする確率が高いであろう。

 

豆腐、だしつゆ(我が家ではにんべん)、豚肉、長ネギを用意する。

 

豚肉は今回豚バラを使ったが、何でもよい。 なんならひき肉でも牛肉でも良い。 ひき肉を使うなら、後から片栗粉でとろみでも何でもつければ事足りるのである。

 

フライパンに水と出汁を入れ温める。 沸騰したら具材を入れ、酒と砂糖を好みの分量入れる。 ご飯のおかずなら少ししょっぱく。 焼酎のアテなら薄味に。 肉とネギに火が通れば完成だ。

 

書いていて気がついたのだが、これは具材の足りないすき焼きだ。 ならば卵も合うに違いない。 次に作る時は最後に生卵を落として食べることとしよう。

 

すき焼きは好きなものを入れて食べるのだから、その日の気分に合わせていろいろ試して欲しい。 となると、私は今日、肉豆腐ではなくすき焼きの作り方を書いたということになるのだろうか。

ヨーグルトの広がり

考えることをやめた途端にその人間の成長は止まる。 失われた時間は元には戻らない。 ああ、あの時こうしていれば。 今さらどうにもならないこと。 そんな風に考える夜がある。

 

と、適当に書きなぐったところで何が言いたいのかと言うと、食材にヨーグルトを使えるようになれば食卓の表現は如何様にも広がるのではないかということだ。

あの舌に残るなめらかさと旨味、酸味。 あんなものが料理になって美味しくないはずはないのに、何でだって今まで彼の有名なヨーグルト卿の存在を無視していたのだろうか。

 

幼少期からデザート以外での御姿を拝見していなかったせいもあり、ヨーグルトを料理の一員として迎えることはゆめゆめ想像していなかった。 そう、つい最近まで。

 

最初に出会ったのはーそう、中学だか高校生の時分であったろうか。 あれはインド料理と称した反町のネパール料理屋だったような気がする。 家族で食事に来た際、たまには違うものを、ということでヨーグルトのサラダを注文したのだった。

 

そうして提供されたのは、ヨーグルトに塩・こしょうをして、赤と緑のパプリカみじんを混ぜ込んだだけの簡単なサラダだった。 私たち一家は大変美味しくないと思いながらも、そのヨーグルトのサラダを喉の奥に詰め込んでそのボウルを空にしたのだった。

 

そのためか、これはやはりヨーグルトは食事には合わないものなのだという強迫観念が一層色を濃くしただけの出来事として終着してしまった。 今思えばこれがいけなかったように思うのだが、同時にそれが不可抗力であったことも理解できる。

 

今となってはあのヨーグルトのサラダもカレーと相まって美味しくいただけ(るような気がす)るのだが。

 

思えばインドでは丹念に凝ったような料理をあまり口にしなかったように思う。学生の貧乏旅行なのだから当然と言えば当然かもしれない。

 

トマトのサラダを頼んだらトマトの輪切りだけ(もちろんドレッシングはおろか塩もない)が大きな皿いっぱいに盛られて運ばれてきたり、野菜サラダを頼んだらきゅうりの輪切りだけ以下略。

 

ただしスパイスの扱いに関して、インドは他国の追随を許さないほどの多様性を呈しており、家庭料理においてもその技術は如何なく発揮される。 家ごとに独特の配合でその複雑な味を自在に(?)操っているのだ。

何より感動したのはマトンで、カレーでも、串焼きでも、スパイスと羊の臭み、また暑さも手伝ってどんどん箸(スプーン)が進んだものだ。

 

話は逸れるが、「インド人はどこにいってもインド人」という持論がある。 例えば弊社にも様々の国籍の人間が在籍しているのだが、昼時に自国の料理をタッパーで持参してきているのは基本的にインド人だけだ。 それはそれは芳醇なスパイスの香りが向かいの席から漂ってくるのである。

 

タッパーの件に関しては弁当の文化があるというのも大きな要因の一つかもしれないが、ゲップを抑えない、また仕事中に鼻くそを深追いし過ぎるというのも他の民族には見られない類まれな特徴だ。

彼らには民族としての強さというか、あの無機質な会社の中にいてもなお、生命の息吹を感じてやまない。

 

さて、閑話休題。

 

本日は特定のレシピというより、食卓のおかずとしてヨーグルトを加える際の、私なりの気分について書いてみたいと思う。

 

一番勉強になるのは、うまいトルコ料理を実際に食べることなのだが、うまいトルコ料理屋は近所にない。 よって、仕方なく家でトルコ「風」を作ることになる。

 

とりたててトルコ料理のレシピを検索したりする必要はない。

 

例えば、玉ねぎと豚肉を炒めたものが大量に残っていたとする。 私はまずこれにトマトペーストないしはケチャップを加えることでマンネリを解消している。 カップルにおいて「場所を変える」ようなものだ。 赤ワインのお供に大変よろしい。

 

それでも余る。 そうしてその余ったものにもろもろのスパイスを加えてみると、随分なカレー風味になる。ビールのお供に大変よろしい。

 

そうしてカレー風味になるとまた、きのこなど、具材を足したくなってくる。具材を足すことで、これがまた余る運命となる。

 

こうして余った、スパイスたっぷり、カレー風味の何がしかの炒め物に極めつけとして加えられる最後の一手がヨーグルトなのである。 これはトルコ「風」よろしく、お供はウォッカでよろしい。

 

例えばロシア料理には大抵サワークリームが添えられているのだが、これはヨーグルトでも代用できないこともない。 ボルシチならずとも、ビーフシチュー、カレー、ハヤシライスにヨーグルトを最後にひとかけしても、味が面白くなる。

 

濃くなりすぎたディップに加えてのばしても良い。

肉のソースにしても良い。

サラダのドレッシングにしても良い。

案外味噌などと合わせてもいける。

 

肉や玉ねぎで作った水餃子(ペリメニ)のソースとしてヨーグルトソースをかけていただくのは幸せ以外の何者でもない。 私はこれを初めて食べた時、食べながらこの食事が終わってしまうことを心から悔やんだ。

頰が緩んで口から餃子が出るかと思った。 それくらいうまかった。

 

これを読んだ紳士・淑女は是非とも食卓にヨーグルトを加えることを恐れないで欲しい。 あんなに安価で手軽で、かといって余計な添加物が入っている訳でもないのに、かのような深い味をもたらす食材は他に類を見ないのだから。

そば粉のガレット

レシピに、マジョラム、八角、 サワークリーム……といった名前を見かけるとみるみる創作意欲がしぼんでいくのと同様に、そば粉もそうした現象を引き起こさせる食材の一つではないだろうか。

まず、そばを作る以外にそば粉を使うシーンなど、「そばがき」くらいしか思い浮かばない。
そのそばがきでさえも、最近は食卓に上っているところをとんと見ないし、あえて作ろうとしない限り、なかなか手が出せない料理なのではないだろうか。
(とは言え、個人的にはそばがき汁粉が何にも代え難い美味しさをはらんでいると思う。)

そうしたことを鑑みた上で、それでもやはり私が今日紹介したいと思っているのが、そば粉のガレットだ。ガレットとは、そば粉の入ったクレープ生地の上に、チーズやハム、マッシュルームなどの好きな具材を乗せたフランスの郷土料理(?)である。

私の友人の一人に、笹塚に住むフランス人のクリエイターがいる。
フランス人の関心ごとといえば、バカンス・本・食事ばかりだ。もちろんこれは偏見だ。
それでも、彼らが今上げたものについて日本人の大多数よりも関心の強い人が多いということは事実ではなかろうか。

まあそんなことは統計でも取らない限りわからないことだし、ましてや統計を取ったところでどうなるということでもない。何にせよ、私は食事がすきなフランス人に、料理をするかどうかを聞いてみたのだ。

「フランスで一人暮らしをしていた時は結構していたかな。物価が高いからね。何を作っていたかな。ガレットと、ハンバーガーと……サンドイッチとかかな」

そこで私はハンバーガーとサンドイッチを料理と呼ぶということに日本とフランスの文化の隔たりを大きく感じた訳だが(もちろんどちらも料理に違いはないのだが、料理の代表として挙げられるとなかなかどうして新鮮に感じるのが日本人ではないだろうか?)、そうか、フランス人男性が一人暮らしをした時に作る代表料理はガレットなのか、という学びを得た。少なくとも彼に関しては。

日本でいうとガレットは何にあたるだろう?
カレーライスや豚キムチ丼だろうか。ガレットという主食?の上におかずを乗せている体裁を取っていることを考えると、「◯◯丼」全てが当てはまると言えるかもしれない。

作り方は簡単。まず、メインのそば粉とハム、チーズ、卵を用意する。好みで、トマトやきのこを入れても良い。
手の平ひとつかみほどのそば粉に塩をふたつまみを振り入れ、水で溶く。クレープの生地くらいさらさらになればちょうど良いだろう。
弱火で油を薄くひいたフライパンに生地を流し入れ、薄く、大きく大きく、広げる。この時大事なのは火加減などではない。テフロン加工が落ちていないフライパンを使うことだ。テフロンでないフライパンを使うなら、油を引いて、熱々にしたフライパンを使えば良いのだが、初心者には慣れるまで扱いが難しい。

そこで初心者にはとにかくテフロン加工のフライパンを使ってもらいたいところなのだが、このテフロン、経年とともに剥がれてしまう。人間なら経年とともに良い部分も増えるというものだが、テフロンフライパンにおいてはそれは言えない。
経年劣化したフライパンでガレットを作ろうものなら、出来上がったものはガレットと似ても似つかないものになること請け合いである。(それも人生だ)(私は一体何を言っているんだ)

閑話休題。酒の肴ではなく食事を作りたい人はとにかくテフロンフライパンを使ってもらうこととして、生地が固まり始めたら裏返す。そこに卵、チーズ、ハムなどの食材を乗せ、蓋をして弱火で焼き、卵が好みの硬さになれば蓋を取り、ガレットをフライパンから皿にスライドさせる。

外側を4辺折り混み、四角い形に成形するのが特徴的な盛り付けらしい。
フランス人の彼に言わせれば、食べ方は個人の好きなように!とのことなので、盛り付けも個人の裁量に依るものとしたい。

たったこれだけ。なぜガレットがこんなに簡単なのかというと、ひとえに生で食えるものを事前に加熱(加工)することなく乗せられるからだろうと個人的には考えている。
生で食べれないきのこ類や、豚肉を使う場合は最初に炒めておいて、生地に乗せるのが良いだろう。

最初にも述べたように、そば粉は日本人にとってそばに使う以外に馴染みのないものであることは百も承知だ。それでも私がガレットを勧めるのは、ひとえに私がそば粉を愛しているからである。

そば粉は小麦粉などと同じように、とりあえずストックしておけるものだし、イオンなどにも案外こじんまりと売っている。小麦粉で作るより味に奥行きがあるし、何よりおしゃれで料理が楽しくなる。(インスタ映えもするかもしれない)

料理好きのみなさんだけでなく、料理がめんどくさいズボラ諸君にも楽な料理だと太鼓判を押しておすすめしたい料理だ。

 

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お家で作るとうまく広げられない傾向にある

 

レモンバターのソース

 

油と酸味は合う。 ドレッシングしかり、マヨネーズしかり、レモンタルトしかり。

これは私が大学時代に認知科学の研究をしていた際、大学教授から学んだ数少ない有用な学びの一つであった。 油は旨味であり、旨味は酸味と合うのだ。 とは言え、

 

A=B
B=C
よって、A=Cである。

 

といった単純なものではないので、上記の内容が全てに当てはまるという訳ではない。 しかし、概念を抽象化することは料理にとっても、かなり応用が利くように思う。 レモンバターのソースもその一つだ。

 

レモンバターのソースは、肉や魚のソテーに添えるソースである。 これは私のオリジナルという訳ではなく、フレンチの世界ではブール・ノワゼット(ヘーゼルナッツ色のバター)と言われ、親しまれているソースだ。 自分の思いついたことは、大抵他の誰かが思いついているものである。

 

最低限用意するのは、レモンとバター。
あれば、トマトやニンニク、ケッパー、オリーブなど、香りや酸味の強い野菜をみじん切りにして加えてもいい。

 

肉や魚に下味をつけ、粉をはたいてソテーしたら早速ソース作りに取り掛かろう。 盛り付ける皿も、温めるために電気ケトルなどで湯を沸かしておく。 冷たい皿にバターソースを盛ってしまうと、バターが固まり舌触りが悪くなってしまう。

 

小鍋にバターを三すくいほど落とし、火にかける。 わっと泡が出てうっすら茶色くなったら、同量のレモンを絞って加え、みじん切りにした他の材料と絡める。

全体が温まったら完成だ。

 

ソテーに火を入れ、温めた皿に肉を盛ったらその上にスプーンでソースをかける。
皿の周りにもたらしておくと、大変見栄えが良い。

 

レモンバターソースは気分によってアレンジすると、その季節ごとに変わった味を楽しめる。 バジルやパセリ、セロリを加えたらさわやかに。 また、トマトと玉ねぎを少し長めに火入れしたら甘くなり、芳醇なソースになる(これは牛肉とも合う)。

ソテーする素材なら、タラやサーモン、はたまた白子にしてもまた美味い。

ズボラ諸君は、ただ焼いた肉や魚にソースをかけるくらいでちょうど良い。 驚くほど簡単で時間もかからないのに、お客にはご馳走だと思わせることができる。

 

手間のかからない料理でお客を満足させる時のポイントは、盛り付けるお皿の余白をフレンチよろしく、大きく取れる平べったくて大きい皿を用意することである。